フォト

さくら

2006年5月14日 (日)

ヴォイストレーニングの話

Mちゃ♪は、ヴォイストレーナーという仕事もしています。生徒には、あらゆるジャンルの音楽を志す人達がいます。プロのJAZZシンガーもいれば、ハードロックのヴォーカリスト、弾き語りのシンガーソングライターもいれば、音大生や音大の卒業生などもいます。タレント志望もいれば、俳優さんやフリーのアナウンサーさんと、プロ、アマ取り混ぜて、ジャンル関係なしで色々な人がレッスンにやってきます。最近は、喉の障害で声が出づらいとか声を出そうとすると息苦しいといった、故障を抱えた人達も沢山来ます。

目的も年齢も性別もまちまちな人々の、共通にある問題点。これは多くの現代人に共通する問題なのですが、身体機能がとんでもなく衰えてしまっていると言う事です。これで歌をうたおうったって無理に決まっていると言う状態にみんないることに、全く気づいていません。そんなガタガタの状態で、どれだけ一生懸命練習しても、大して努力は報われず、くたびれもうけ。なにもしなかったほうがまだ良いような練習を積み重ねて、わざわざ自分でムダに身体を痛めつけて行くという人があまりに多いのです。

よそのスクールへ行っていたけど全然上手くならなかったという人や、沢山の有名な先生を転々としているにもかかわらず、全然上手くならなかったというヴォイストレーナー・ジプシーと呼ばれる人達も、沢山やってきます。やっとここで落ち着きましたって言う生徒も少なくありません。
ゆがんだ土台の上にいくら家を建てようとしても、どこかでゆがんだり、倒れたりします。一生懸命家を建ててもすべて労力は無駄ってことです。確実な土台をしっかり作ったなら、いくらでも高い塔も建てられるわけです。多くの先生方も、決して間違ったことを教えているわけではないでしょう。でも多くの先生が、土台はあるのが前提として、家の建て方だけを教えているのです。何もしない状態での基礎体力が、それでもまだあった一昔前だったら、それでも良かったのかもしれません。しかし人々の基本的な身体能力が、一昔前と比べて、とんでもなく衰えてしまっている現在、過去のやり方で上達できる人は、大変数少なくなってきています。いくらきれいに表面だけ整えたって、震度5で崩れ去るようでは、時間と労力の無駄です。

そんなわけで、Mちゃ♪のレッスンは、歌う前の身体の状態をまず良くするところから始まります。ちゃんと立つこと、歩くこと、呼吸をすること。人が生きていくために必要な事の一番最初のところから、やり直すのです。みんなが当たり前にやっている「立つこと」「呼吸をすること」。出来ていると思っていて、実はちゃんと出来ている人はほとんどいないのが現実なのです。歌の上達って言う所から、なんだか恐ろしく遠い事をやっているように感じる人もいるかもしれません。でもこれが、実は上達のための最短距離なのです。本当に高い塔を建てたい人のための、基礎工事をしています。それに目的は、歌の上達なのですが、皆体調も改善しますし、スタイルも別人のように良くなります。みんなどんどんステキにしなやかに前向きになっていきます。実際に声がどんどん変わっていくので、最初半信半疑だった人たちも、結果で納得します。

歌を歌うって、人がよりよく生きていくための、必要不可欠な要素が全部詰まっていると思います。どんどんすてきな人が増えていくのを、手伝えるのは、とてもとっても楽しい事だと思っています。(^^)

2006年3月30日 (木)

JAZZの話

Mちゃ♪は、JAZZミュージシャンをしています。singer、歌手、ヴォーカリストと言う言葉ですと、Mちゃ♪のやろうとしていることがうまく伝えられないので、何を演っているのですか聞かれる場合「ヴォイス・プレーヤーです。」と答えることにしています。これは、Mちゃ♪の造語です。何のジャンルを演っているのですか?と聞かれると非常に困ります。基本はJAZZの要素が強いのかなとは思いますが、「音楽をやっています。・私の・音楽を演っています。」としか答えられません。即興演奏の中で、クラシックやROCKや民族音楽的な色彩も出てきたりします。自然に出てくるものに任せていたり、意図的に使ったりします。ですから、JAZZと言うものを狭い意味で捉えている人達は、これはJAZZではないと言うかもしれません。

JAZZと言う言葉を「狭義」で捕らえると、アメリカの黒人音楽から派生したもの(アメリカの民謡とか演歌みたいなモンですね)。となります。日本でポピュラーに演奏されるようになったのは、エンターテインメントとして、タ゜ンスホールのダンスミュージックでした。戦後の進駐軍時代です。ちょっとお洒落で、楽しい気分にさせてくれる、軽めの音楽だけがJAZZだと思っている人も、多いですね。ただこればJAZZと呼ばれているものの、一部分に過ぎないのです。

日本の自称JAZZ ヴォーカリストと言う人たちも、大半は、アメリカ人、特にふぃーりんぐがカッコいいといって、黒人のヴォーカリストのモノ真似をしているだけの人がいっぱいいます。Mちゃ♪的には、こんなカッコワリ~と思うことはありません。表面的な形だけ真似して歌っても、滑稽なだけです。そもそもアフロ系の人々と、東洋人は、骨格が違います。頭蓋骨の骨の形も違いますし、筋肉の質が全く違います。実際、日本人が黒人の形だけマネしてJAZZを歌うと、日本の演歌チックになりますね。全然違うものになります。笑

東洋人には、東洋人の骨格、筋肉に合った使い方があります。そういったものをベストに使いこなした時に、本物の自分のJAZZが歌えるようになると思っています。私は、表面的な日本らしさには、こだわっていません。日本人らしいスタイルを形でつくるものとは違います。ウケるからとりあえず着物着て、和楽器使ってみようかなって言うような、安直な発想も好きではありません。東洋人とか日本人と言ってもまだ大雑把ですね。骨格、筋肉の質、性格は、皆一人一人違うのです。だからそれを最大限に生かしていこうとすると、音楽や歌は、どんどんどのカテゴリーやジャンルに収まらない個人的なものになっていってしまうのです。

なので「音楽を演っています。・私の・音楽を演っています。」と答えることになってしまうのです。

ちなみにMちゃ♪の、東洋人としての身体の使い方の理想とお手本にしているのが、ダイリーガーのイチロー選手です。ダイリーガーのほかの選手達が、一目置くのは、今までに彼らが知らなかった身体の使い方を見せ付けられたからです。彼は西洋人の真似んかしていないから、凄いんです。お手本がいてくれると、凄くありがたいと思いますね。

彼は、いまさらアメリカ人の真似しても、何にもならないよって言うことを、その身体と行動で、証明してれていますね。皆、目を覚ませっ!!て。笑

「広義」の意味では、「即興性のある音楽は全てJAZZである」と言えます。Mちゃ♪は、これをJAZZと呼んでいます。

プレーヤー同士のその場での、音や空間(そこに居合わせた観客も含みます)のコミュニケーションをプレーヤーもリスナーも楽しむ訳です。SOLOで演奏する場合でも同じです。クラシックのピアニストが、JAZZっぽいサウンドの譜面を作って、一生懸命練習して完璧に演奏して発表しても、それはJAZZではありませんね。何回演奏しても同じになります。でも、音楽としては成り立ちますから、これはこれで否定するものではありません。即興性がないので、JAZZではないと言うだけです。

と言うわけで「広義」の意味では、Mちゃ♪は、JAZZミュージシャンと言うことが言えます。説明が、長いな・・・。笑

ヨーロッパのJAZZについては、又そのうち書きたいと思います。

2006年3月23日 (木)

BLOG 初日記です♪

やっとBlogにお引越ししました。過去日記に埋もれてしまったり、よそのサイトに書き込んで埋もれてしまった情報も、引っ張り出して、もう一度チェックの上まとめ、又最新情報も加えて行きたいと思っています。

DVD

月齢

<逸脱の天海 丸腰の地籟 うず>2015年6月1日

  • Uzu20150601_umemotophoto_06
    荒井皆子(Voice)×木村由(Dance) LIVE@横濱エアジン

New York  2009.7-8月

  • 090730_angelos_group
    ニューヨークにあるインターナショナル現代アート団体の企画に呼んでいただきました。世界、11ヵ国から集まった、14名の強力ミュージシャン達との音楽三昧の日々。ニューヨークでの2回のコンサートも、大変好評に終えることが出来ました。ホントに密度の濃い素晴らしい、経験を沢山させてもらいました。
無料ブログはココログ